児童福祉に携わる人々は自分の命を守れるか?
2月25日,東京都渋谷区の児童養護施設,若草寮の施設長が刺殺されるという痛ましい事件が起きました。
若草寮の大森信也施設長を刺殺したのは,同施設の元入居者の22歳の男性。
この男性は,「施設に恨みがあった」と供述しているらしく,施設退所後に入居したアパートの賃料の支払いに関連して,施設関係者に恨みを抱くようになったという情報もあります。
困難な児童養護施設からの自立
児童養護施設は,児童虐待等で家庭にいるのが難しくなった子どもたちが入居する施設ですが,現在の法制度上,原則18歳までしか入居できません。18歳を超えたら,施設を出て自立をすることになります。
しかし,もともと家庭で生活するのが難しくて施設に入所した子どもです。頼れる家庭はありません。相談できる大人もいません。そのような中で18歳で就職,就学することは困難ですし,基本的な生活すら,自立して行うことは困難です。
施設を退去する子どもたちは,そのような困難かつ孤立無援な状況で,自立を目指していくことになります。
子どもの自立を支援する大人でも子どもから敵視される
そのように困難な児童養護施設からの自立を,数少ない周囲の大人が支援する必要性は,近年時に叫ばれています。
具体的には,退去した後の児童養護施設の関係者が,退去後の子どもの自立を積極的に支援しようとする動きがみられています。
今回の事件で亡くなった大森施設長も,退所者の自立支援に非常に熱心だったと聞いています。
もっとも,そうであれば,元入居者には感謝されることはあれど,恨まれるはずがない,そう思われる方も多いと思います。
しかし,児童養護施設から巣立っていくのは,もともと多くの苦しみを抱え,大人を信用できない子ども達です。信用・信頼のバックボーンがないため,些細なことがあれば簡単に,感謝が恨みに切り替わります。
私自身も,弁護士として関わった子どもに裏切られてしまったことは何度もあります。
児童福祉関係者が退所後の「元子ども」の恨みから自分を守る方法は?
児童養護施設の職員の方をはじめとした児童福祉関係者は,すでに施設を退所した子ども(成人していれば,「元子ども」でしょうか。)から,いつ刃を向けられるかわからないという,極めて危険な状態です。
一方,前述のようにすでに児童養護施設を退社したのであれば,退所者を温かく迎えるのが大原則でしょう。そうしますと,施設側も警戒しません。
そのような中で,周囲の人知れず,自立の過程で壁にぶち当たり,これまで入居していた施設関係者に対する「恨み」の感情が芽生えても,施設関係者はそのこと自体を認識する術がありません。
ですので,施設関係者が退去した子どもの恨みから自分を守る方法自体,無いのかもしれません。
昨年,司法修習生の引率として,今回の事件の舞台となってしまった若草寮に見学に行かせていただきました。その際には,大森施設長が施設のご説明をして下さいました。本当に,命がけで子どもたちに寄り添っていらしたということを,こういう形で知ることになるとは思いませんでした。
大森信也施設長のご冥福をお祈りします。