児童相談所と警察とのケース全件共有の行方 ~児童保福祉法等の改正時の議論を解説~
以前、平成31年度の児童福祉法等の改正に関する記事を書きましたが、本記事では改めて、改正の全体像について解説したいと思います。
また、今回の児童福祉法等の改正では、その過程で、児童相談所と警察とのケースの全件共有(具体的には、児童相談所で把握した児童虐待のケースを全て警察に報告する仕組み)が検討されていたので、その点についてもご説明したいと思います。
以前の記事:https://yuichiro-yamamoto.com/2019/07/15/%e4%bd%93%e7%bd%b0%e3%81%ae%e7%a6%81%e6%ad%a2%e3%81%a8%e3%80%8c%e3%81%97%e3%81%a4%e3%81%91%e3%80%8d/
平成31年度の児童福祉法等改正のポイント
平成31年度の児童福祉法等改正のポイントは、以下の3点の大きな方向性が規定された点でした。
① 児童の権利擁護の強化
児童に対する体罰の禁止、2年を目途に民法の懲戒権の規定を見直すこと、児童の意見表明権を保 障する仕組みの検討etc
② 児童相談所の体制強化の方向性
児童相談所における児童福祉司の設置体制etc
③ 児童相談所と関係機関との間の連携の強化
このように、平成31年の改正では、具体的な法手続の仕組みというよりは、児童の権利擁護の内容であったり、児童相談所の機関としての体制の強化といった「大枠」での改正がなされています。
この法改正の概要については、「児童虐待防止策の強化を図るための児童福祉法等の一部を改正する法律の概要」
https://www.mhlw.go.jp/content/01kaisei_gaiyou.pdf
http://www.moj.go.jp/content/001301546.pdf (参考資料付き)
に分かりやすくまとめられていますので、ご参照ください。
この資料と、これに続く参考資料を読むと、今回の改正が具体的な法制度の中身を変えることを企図したものというよりは、日本政府が、今回の改正を、今後の具体的な法改正の契機(きっかけ)と位置付けていることをうかがい知ることができます。
児童相談所と警察の連携強化の行方
今回の改正では、以前の記事でご紹介した通り、児童に対する体罰の禁止が明文化される等の大きな改正もありました。改正の過程でその点以外に大きく議論となっていたのは、児童相談所と警察を連携強化すべきか否か、という点でした。
平成30年3月に東京都目黒区で、当時5歳の船戸結愛さんが実母と養父から虐待を受けて亡くなった事件では、管轄児童相談所が家族が転居する前の管轄児童相談所から情報提供を受けながら、結愛さんの安全確認ができないまま、結愛さんが亡くなってしまった、ということから、これを受けて、
「児童相談所が把握している児童虐待のケースを自動的に警察に情報共有すれば、警察が刑事事件として捜査をすることができるため、児童を確実に虐待から守ることができるはずだ。」
という、「児童相談所と警察の全件情報共有」の論調が高まったのです。
そして、この影響により、平成31年の児童福祉法の改正においても、児童相談所が把握した虐待ケースについて、児童相談所が全件を警察に情報提供する、というルールを設けるべきではないか、という議論がなされました。
「警察との全件共有」のリスク
ところが、結果として改正法自体では、そのようなルールは定められませんでした。
これは主として以下のような理由によるものと考えられます。
児童相談所は、虐待されている児童を虐待者(多くは親権者等の保護者)から保護する役割を持つだけではなく、同時に、児童を虐待してしまう保護者に「相談」という形で寄り添いながら、適切な親子関係の作り方をアドバイスする機関でもあります。虐待される児童を保護者から取り上げる役割を持つ同じ児童相談所が、同時に保護者に寄り添う機能を持ってきたのです。
ところが、上記のように警察に全件共有というルールが作られてしまいますと、児童相談所にケースとして係属した時点で、すべてが傷害事件や強制わいせつ事件等の刑事事件とされてしまい、児童を虐待する保護者に寄り添って一緒に解決する機能を働かせることはできなくなってしまいます。
「児童相談所と警察との全件共有」が今回の改正において内容に含まれなかったのは、このような議論がなされた結果によるものと考えられます。
もっとも、都道府県単位で、「児童相談所と警察との情報共有」をルール化した例もあります。
(例:新潟県 https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/jidoukatei/1356912497181.html)
今後、全国的な傾向として、児童相談所と警察との情報共有が進むことになるのか、進として、機械的に全件を警察に提供することになるのか、引き続き注目してみていきたいと思います。
さいごに
児童相談所から警察に情報提供を行うべきなのか、という問題は、簡単に明確な結論が出せる問題ではありません。
痛ましい児童虐待による死亡事件が発生するたびに起こる論調として、「児童相談所は何をしているんだ。」というものや、「児童福祉司がやる気がない。」といったものがあります。
私は弁護士として、児童相談所に定期的に通って相談を受けており、児童相談所や児童福祉司の実態を十分に見てきましたが、児童福祉司の方々は多くのケースを抱え、忙しさも限界の状況で、子どもの面会のために施設から施設に駆けずり回っているのが現実です。
児童虐待を早期に発見して適切に対処し、虐待死等の結果を防ぐためにどのようなことができるのか。その議論をするためには、児童相談所の実態を知っていただく必要があると考えます。
児童虐待については、以下の記事もご参照ください。